20130704

皮膚細胞を用いて体内時計を測る手法を開発 ―睡眠リズム診断法の開発に期待―

 

 Akiko Hida, Shingo Kitamura, Yosuke Ohsawa, Minori Enomoto, Yasuko Katayose, Yuki Motomura, Yoshiya Moriguchi, Kentaro Nozaki, Makiko Watanabe, Sayaka Aritake, Shigekazu Higuchi, Mie Kato, Yuichi Kamei, Shin Yamazaki, Yu-ichi Goto, Masaaki Ikeda, Kazuo Mishima. "In vitro circadian period is associated with circadian/sleep preference." Scientific Reports 3: 2074, 2013. 

■ 本成果のポイント

  • 1. 人の皮膚細胞を用いて個人の体内時計の周期を簡便に測定する手法を開発しました。
  • 2. 体内時計周期の長短がクロノタイプ(朝型夜型)や休日の睡眠習慣(体質にあった睡眠時間帯)と相関することを確認しました。
  • 3. 生体リズム障害の診断精度の向上のほか、社会的時差ぼけを改善し個人にあった睡眠プログラムを提供するなど、実地臨床への応用が期待されます。
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 精神生理研究部の肥田昌子室長、三島和夫部長らの研究グループは、人の皮膚細胞を用いて個人の体内時計の周期を簡便に測定する手法を開発しました。採取した少量の皮膚細胞(線維芽細胞)を培養し、発光遺伝子を用いて細胞内の時計遺伝子の発現リズム(末梢時計リズム)を可視化することで短期間に体内時計の周期を測定することが可能になりました。さらに、体内時計の周期がクロノタイプ(朝型夜型)や休日の睡眠習慣(体質にあった睡眠時間帯)と相関することを明らかにしました。
体内時計の周期には大きな個人差があり、その長短は、寝起きのタイミング(眠くなる時刻、自然に目覚める時刻、朝型夜型)の決定に大きく関与します。また周期の異常(極端な長短)によって概日リズム睡眠障害(睡眠・覚醒リズム障害、睡眠時間帯が異常になる)が発症することも明らかになっています。すなわち、体内時計の周期を簡便に測定することができれば、睡眠医療における診断精度が飛躍的に向上することが期待されます。
しかし、ヒトの体内時計の周期を正確に測定するには、特殊な施設、数週間におよぶ検査期間、負担の大きい持続24時間採血などが必要であり、実地臨床に応用することは困難でした。本研究で確立した方法を用いれば、生体試料(皮膚小切片)を一回採取するのみで済み、従来の方法と比べて検査を受ける方の負担がきわめて少なく、簡便に体内時計の周期を測定することができます。
今回の成果を活用することで、睡眠・覚醒リズム障害や冬季うつ病など体内時計の障害に起因する疾患の診断精度が向上するほか、夜型体質による覚醒困難、夜勤に伴う体調不良など個人の体内時計と求められている社会時間とのミスマッチから生じる社会的時差ぼけを判定し、個人の体質にマッチした合理的な睡眠プログラムの提供につながることが期待されます。
本研究成果は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として行われ、2013年6月25日に英国科学誌「Scientific Reports」に発表されました。

■研究の背景

睡眠問題の頻度は非常に高く、一般の生活者から睡眠障害の患者さんまで、多くの方々が悩まされています。特に、不規則な睡眠習慣や昼夜逆転などの睡眠リズムの問題は、概日リズム睡眠障害(睡眠・覚醒リズム障害)をはじめ、うつ病や認知症など精神・神経疾患において高率に認められ、生活の質(Quality of Life; QOL)を低下させるのみならず、精神疾患の再発リスクを高め、社会復帰の妨げになるなど、治療や介護の現場で大きな課題となっています。また現代社会では、生活の夜型化が進み、シフトワーク(夜勤)など不規則な睡眠習慣をとらざるを得ない方も多く、不眠、過眠(強い眠気)に悩まされています。
睡眠覚醒リズムは体内時計によってコントロールされています。体内時計は約24時間を一周期とする活動周期を保っており、睡眠のほか、自律神経、ホルモン分泌などほぼすべての生体機能リズムを調整しています。体内時計のコントロール下ですべての生理機能リズムがお互いに適切な時間帯に働くことで、心身機能が維持されています。ところが、夜型体質(体内時計の時刻が遅れる)によって普通の時間帯では寝付けない・覚醒できない、シフトワークによって体内時計と睡眠リズムとの間にミスマッチが生じて心身の不調があるなど、いわゆる社会的時差ぼけと呼ばれる状態に陥っている方々が数多くいます。また、体内時計の周期の異常(極端な長短)によって日々の睡眠時間帯が大きく乱れてしまう概日リズム睡眠障害、毎秋冬にうつ状態が生じる冬季うつ病など、体内時計の障害に基づく疾患があります。
このようなリズム障害を理解し、正しい診断と効果的な治療を提供するには、個人の体内時計の特徴を詳しく調べる必要があります。しかし、ヒトの体内時計の周期を正確に測定するには、特殊な施設、数週間におよぶ検査期間、負担の大きい持続24時間採血などが必要であり、実地臨床に応用することは困難でした。
体内時計の中枢(親時計)は視床下部の視交叉上核に存在します。視交叉上核内ではいくつもの時計遺伝子(時計蛋白)が相互に発現と分解を促すことで24時間周期を作り出していますが、その周期には個人差があり、多くの方では24時間よりも若干長く、もしくは短くなります。その長短が、個人の寝起きのタイミング(眠くなる時刻、目覚める時刻、朝型夜型)の決定に大きく関与します。また周期の異常(極端な長短)によって概日リズム睡眠障害(睡眠・覚醒リズム障害、睡眠時間帯が異常になる)が発症することも明らかになりつつあります。すなわち、体内時計の周期を簡便に測定することができれば、睡眠医療における診断精度が飛躍的に向上することが期待されます。
視交叉上核内の親時計の周期を直接測定することは困難ですが、幸いなことに時計遺伝子(時計蛋白)のフルセットは末梢細胞内にも揃っています(末梢時計)。そこで、本研究では、人の皮膚切片から培養した細胞(線維芽細胞)内で時計遺伝子の発現リズムを測定する方法を確立し、個人の体内時計の機能を調べられるか試みました。本研究で確立した方法では、皮膚小切片を一回採取するのみであり、従来の方法と比べて検査を受ける方の負担がきわめて少なく、簡便に体内時計の周期を測定することができます。

研究の内容

本研究には、17名の健常ボランティア(標準型生活者9名、夜型生活者8名)に参加していただきました。被験者の睡眠パターンは睡眠日誌のほか長期間の活動量測定によって正確に記録しました。また、日周指向性(朝型夜型)や睡眠習慣・睡眠障害についていくつもの質問紙によって詳細に評価しました。
末梢時計リズムの測定法:各被験者から皮膚小切片(2mm x 5mm、5分ほどで採取)をいただき、線維芽細胞を培養しました。培養細胞にBmal1-lucリポーター遺伝子(時計遺伝子Bmal1プロモーター+ホタル発光遺伝子:ルシフェラーゼ遺伝子)を導入し、Bmal1の発現量をルシフェラーゼの発光量で記録できるように工夫しました(図1)。

その結果、培養細胞内において明瞭なBmal1-luc発光リズムが観測されました。このBmal1-luc発光リズムの周期を調べると、予測通り、夜型生活者群は標準生活者群とくらべて長い周期を示しました(図2)。さらに、Bmal1遺伝子発現リズム周期の長さは、クロノタイプ(朝型夜型)をあらわす指標ならびに社会的制約のない休日・フリーデイの睡眠習慣(入眠覚醒時刻)と有意に相関しました(図3)。以上の結果から、ヒトの皮膚細胞を利用して個人が体質的に有する生体リズムの特徴を評価できることが示されました。

興味深いことに、末梢時計リズムの周期(Bmal1遺伝子発現リズム周期)は平日の睡眠習慣とは相関しませんでした。平日は出社や登校など社会時間による縛りがあるため、個人の体質にマッチしない時間帯(人為的な睡眠習慣)で就床・入眠している人々が多いことが伺えます。末梢時計周期と不眠症状、睡眠の質などの関連を明らかにすることで、このような社会的時差ぼけに陥っているハイリスク群を判定できるようになるかもしれません。


今後の展開

24時間社会、夜型社会の中で不規則な睡眠リズムに陥っている人々が増加しています。夜勤従事者も就労者の20%以上に達しました。このように、睡眠習慣および概日リズム睡眠障害は多くの方々が悩まされる公衆衛生学上および医学上の喫緊の課題ですが、正確な診断法や根本的な治療法は確立していません。本研究で確立した体内時計周期の測定法は簡便かつ有益な診断技法として様々な応用が期待されます。その中には、概日リズム睡眠障害や冬季うつ病など体内時計の障害に起因する疾患の診断精度の向上にはじまり、将来的には治療候補物質のスクリーニング、患者個人に合ったテーラーメイド医療の提供なども含まれます。現在、リズム障害に陥っている患者さんからいただいた皮膚細胞を用いて時計遺伝子の機能解析を行い、より精度の高い診断技法の開発に取り組んでいます。

 

論文名

原著名:In vitro circadian period is associated with circadian/sleep preference Scientific Reports 3, Article number: 2074 |doi:10.1038/srep02074

http://www.nature.com/srep/2013/130625/srep02074/full/srep02074.html

和訳:末梢時計リズム周期はクロノタイプや睡眠習慣と関連する


 

※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。

<本発表資料のお問い合わせ先>

氏名:三島和夫

機関・所属名:独)国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所・精神生理研究部

住所:〒187-8553 東京都小平市小川東町4-1-1

Tel:042-346-2071  Fax: 042-346-2072

Email: mishima@ncnp.go.jp

<本リリースの発信元>

機関名:独)国立精神・神経医療研究センター

担当者:上野広報係長

住所:〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1

Tel:042-341-2711 Fax:042-344-6745

Email:aueno@ncnp.go.jp

 

<文部科学省 脳科学研究戦略推進プログラムに関するお問い合わせ>

脳科学研究戦略推進プログラム 事務局 

担当:大塩

TEL:03-5282-5145/FAX:03-5282-5146

E-mail: srpbs@nips.ac.jp